きつねこブログ

こんにちは。きつねこです。ニートです。ゲロみたいなブログを運営しております。

成人式行きたくないなら行くなよ。

ほい。トレンドネタ!

 

っていうか、もう成人式終わってるか。

 

ていうか、思い返せば2年前成人式だったな~~~~。

 

地獄だったけど。爆

 

 

思うんだけど、あの成人式っていう意味わからない祭りっていうか、昔からの慣習っていうのかな?

 

シンプルに要らないと思うんだけど。

 

そもそも成人式ってメリットあるん???する意味あるん?

 

デメリットの方が死ぬほど思いつくわ。

 

・二十歳にもなったのに、成人式ごときではしゃぎまくって節度も分からない輩が続出する。

 

・式なのに厳かな雰囲気にならず、奇声が飛び交うキチガイの式になる時もかなりある。

 

・二十歳になって偉いと勘違いする奴もちらほら。ていうか、二十歳になっても何も偉くならない。

 

・式よりも、恋人探しの方が大切!

 

・式の後は酒を飲みまくってトラブルが多発

 

・陰キャにとっては地獄でしかない。

 

う~~~ん。

 

メリットは逆に、昔の旧友と会えるくらいか・・・・・・

 

それも陰キャは一人でぽつーんとしてる時も多いけどね!

 

特に、成人式なんて陰キャにとっては何も楽しくないどころか地獄だよ!

 

周りは、めちゃくちゃ楽しく盛り上がってるのに、その隣では、すぐさま帰りたくなるくらい一人でソワソワしないといけないからね。

ボッチ飯よりも酷いボッチだよ。ボッチオブザボッチだよ。

 

本当に、地獄。

 

 

とにかくね。

周りの人は成人式行かないと、後悔するよ。って言ってくる人多いけど、はっきり言って

 

後悔なんてするわけないよ!

 

行きたくない奴は断固としていかないほうが良い。

 

勇気を出していった結果が死ぬまでトラウマに残るような光景を眺めにいくようなもんだからね。

勇気を出して後遺症を貰いにいくなんて、自ら線路に突っ込むみたいなもんだよ。

 

それに、成人式に行ったってなにも得るものはないし、適当に式の時間が来たら席に座って、そこの都長とか村長みたいな人がどうでも良い話を聞くだけだから。

それで、式が終わったら、陽キャたちは二次会の話で盛り上がるけど、誰からも誘われず家に一人で帰るのをイメージしただけで、なんというか。

 

空しいというか、悲しいというか、いとをかしと言うか。使い方適当だけど、誰もそんな姿の人を見たくないよ。

こっちまで胸が苦しくなる。

 

本当に、残酷なんだ。成人式っていう奴は。

もう、これまでもかと盛り上がってる場の隣で今にも死にそうな顔をした陰キャがスマホを触ろうか触らないか、1人で孤独でも平気だよと言わんばかりの強がりの抵抗を必死に展開しているのである。

 

しかし、陽キャたちは、そんな陰キャたちの孤独のせめてもの格闘に目もくれず、旧友、恋人と浮世話。陰キャたちなど眼中にないふるまい。

一言で言って残酷だ。

 

かつて、マザーテレサが人類の一番の罪について話していた。

それは

「無関心」

らしい。マザーテレサからすると。

 

成人式はこの無関心の光景が嫌でも目に入ってくる。

 

これは、幼稚園児たちの遊ぶ仲間外れとはけた違いの残酷さで、本当に、陽キャたちに陰キャの姿は目に移ってないから惨いのである。

 

そこのいるのに目に映らない。

これ以上ない残酷な惨状だ。

 

成人式とは地獄なのだ。

 

行きたくない奴は行くなよ。

 

先輩からの貴重なアドバイス。

出生主義って残酷だね。人の皮を被った鬼だと思う。

あのさ。

昨日こんなコメントが届いたんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと見にくいかもしれないけど、ツイッターのやつ貼っとくね。

 

 うーーーん。悲しくなる。

これだったら、なにも考えず産んでる脳みそパンピーなやつの方がマシだわ。

 

だって、この人なりに思考して考えた結論が、

「産まれてきて、苦しかったら自殺したら良いじゃん」

って。

 

お前は鬼か。その鬼以上か。

人の痛みを分かってあげる慈悲とか優しさとか一切ないのか?

 

こういう人がいるから私は嫌になるんだよ。この世で生きるのが。

もううんざり。

 

ツイッターとブログを連携して良かった点5つ

ツイッターとブログを連携して一か月くらい経とうとしている。

 

結論から言うと、ツイッターは初めて見て良かった。プラスに働く面が圧倒的に多い。

 

 

f555sank.hatenablog.com

この前にアップしたのもあるから良かったら見て。

 

とまぁ、前置きはここまで。

ツイッターとブログを連携して良かった点5つ言う

 

 

 

シンプルに言うとこの5つ。

 

 

1、ツイッター経由でアクセスが増えた。

まぁ、そりゃ増える。多少は増える。

多分だけど、日/150アクセスくらいはツイッター経由で来ているんじゃないかな?

150アクセスを多いのか少ないと見るかあなたの感覚だけど、私としては150って

物凄く大きいんだよね。

塵も積もれば山となるかな?

それに、ツイッター初めて一か月しか経ってないのに150だから、この先、フォロワー数とか増えたら可能性は広がっていく気持ちしか起きないんだけど。

 

少しづつツイッターも育てていく。

 

 

twitter.com

フォロバはするので良かったらフォローしてくれたら嬉しいです。

フォロバはします。フォロバはします。フォロバはします。

フォロバはします。フォロバはしますふぉろばはします(執念

 

2、・ツイッター経由でファンが多少ついた

やはり、ファンを付けるというのはツイッターにせよ、ぶろぐにせよ大切だと思う。

ブログでは検索経由から多少のファンもついてくれたが、ツイッターの方がファンは集めやすい。

ジャンルが似たり好んだりの人が近づきやすいからだ。

ファンを一人でも増やそうと思っているのならツイッターはやった方が良い。

 

3、・ツイッターに賞賛コメントが来る。

 

ツイッターに賞賛・賛同コメントも来るのは嬉しい。

それに、ブログはコメントするのがおっくで有ったり、敷居が高いのもあって、ツイッターでは気軽にリプを返してきてくれる。

勿論、非難コメントも多少は来るのだが、賞賛コメントの方が圧倒的に多くてブログを続けるモチベーションにもなってくるからツイッターやった方が良いよ。

 

ていうかツイッターやって損はない。

 

4、・ツイッターにアウトプットしておいてそれが後にブログのネタになる。

 

ツイッターのいい点は、なんでも思ったものに対してメモ的な感覚で気軽に発信できる点。

これはブログのネタを考えるのにかなり役に立つ。

分からない人もいるかもしれないが、ブログやっているとネタ集めも大切になってくる。

そして、ネタというのはその時に思いついてもある程度間を置くと忘れるというのもたくさんあるんだ。

しかし、ツイッターにメモがてらアウトプットしておくだけで、見直した時、そのネタを使ってブログを更新したりできる。

 

とにかく、ブログのネタのストックにも使えるから使わないと損しかない。

これで、ネタ集めに時間を取られずスムーズに更新が出来る。

 

5、ツイートをそのままブログに貼り付けられる。

 

これも大きなメリット。

やはり、文字数を稼ぎたいけど、キーボードを打つのがめんどくさいってのはブログやってる人なら分かってくれると思う。

 

でも、過去につぶやいたツイートをそのまま貼り付けたら文字数も稼げるし、時間もかからないしで一石二鳥なんだよね。

 

ペタペタ貼ってすぐに更新できてめちゃくちゃ効率の良いブログ更新ができるからツイッターはブログと連携させると最強アプリです。

 

 

 

親とか尊敬するな。 私は親を尊敬しない。

さて、日ごろ思ってる親について語っていきましょうか。

 

まぁ、私の親は母は普通、父は毒親って感じなんですけど、

でも父はあまり幼少期から関わる時間が短く、比較的毒親の影響を受けずにここまで生きてこられたのである意味ラッキーではありました。

 

まぁ、不幸中の幸いってやつです。

 

前置き長いの本題に行きましょうか。

 

世間では、

「産んでくれた親を尊敬しろ!」

「親孝行をしろ!」

「親不幸はバチがあたるぞ!」

 

って散々言われてますけど、私は

はにゃ????

 

ってしか思わないですけどね。

 

ツイッターに思いをまとめておいたので貼っておく。

 

 

 

 

 

うまくまとめれてないけど、こんな感じ。

親の洗脳を素直に聞いていたらこの世の不幸はどんどん増えるし、あなたも良かれと思った行動がもしかしたら大きな間違いを犯す可能性だってあるのだから。

 

親なんて、脳みそが子供のまま図体だけが大きくなっただけだ。

脳みその成長はほとんどしていない。

そんな奴、尊敬する意味もないし、むしろ蔑め。

親に教えられるんじゃない。

お前の脳みそで一から正しいのか間違っているのか考えろ。

 

親を尊敬した時点で親のレベル以下になる。

 

 

 

人生に期待するな。絶望しろ。人生は絶望した方が腑に落ちる。

人はこの世に期待する生き物だ。

苦しい場面があった後に必ず良い見返りが待っていると思いたい生き物。

 

しかし、私はこの人間の習性に随分と苦しめられてきた。

 

うつ病の時が特にひどかった。

うつ病を6年間患っていたわけで、そんな状況で受験勉強とか学校に通うとかバイトをしてみたりやったけど、上手くいったのはどれもない。

苦しい時期だった。

特に人生に期待、希望を持っていた5年間は地獄であった。

 

しかし、私はこの世の向き合い方、考え方を変えたらうつ病の最後の1年間は苦しかったけど、質の悪い苦しみではなかった。

むしろ苦しみでも清々しかった。

勿論最後の1年も苦しみしかなかったが、その苦しみの受け取り方が変わったからほとんどダメージは受けなかった。

むしろ、この世のゴミさが露わになったので自分の意見に自信が持てた。

その理由をまとめていきたい。

 

 

 

まぁ、この世に期待するなっていう話。

この世は絶望しておいた方がお得だよっていうツイートをまとめて貼っておいた。

 

本当に、人生というのは運が大きい。

勿論、行動するとか考え方を変えるとかで運も変えられるけれど、それでもコントロールできない不幸とか見境なしに襲ってくるのがこの世なんだよね。

そんな時にこの世に期待してるか良い意味で諦め絶望しているかでダメージの受け方がかなり変わってくる。

 

基本的に絶望しておけばマイナスをそれ以上大きくせずに受け止められるし、ちょっとしたプラスがいつもより大きいプラスに見えてくる。

だから、本当にお得。

 

だから絶望した方が良いよ。

 

あと、絶望するのは良いんだけど、絶望を少しでもマシなものにするのはどうすればいいか教える。

 

って言ってる私もそこまで結果を出した人じゃないから偉ぶって言える人間じゃないんだけど、大切なのは

行動。

 

うん。もうこれしかない。

行動して走り続けろ。

そうすれば絶望が少しづつ薄れ景色の違う絶望が出てくる。

基本的にどれだけ行動してもこの世の本質は絶望だから絶望から脱出しきるのは不可能だ。

しかし、絶望の色合いを変えるのはこれしかない。

どす黒い暗闇しかない絶望から、絶望の隙間に光が差し込む絶望に変えるために。

 

 

こういう意味で釈迦の人生とはこういう意味だったような気もする。

釈迦もこの世に絶望し、出家を決意する。

そして、あらゆる知識人に会いに行き、死ぬ間際まで苦行を積み、悟るまで菩提樹の下で動かなかった。そして80歳で死ぬまで弟子たちに悟りの道を教え、本当の幸福の形を教えに回った人である。

 

まさに行動の人である。

そうした行動から、釈迦の見る景色は絶望に少しずつ光が差し込んでいったのではないかと私は推測する。

 

そして、釈迦は死ぬ間際に言った言葉がこれらしい。

この世界は美しい、人生は甘美である

 

この世の何も考えてない人たちと言っているものは大して変わらない。

 

しかし、発言の重みは圧倒的に違う。

 

この発言は釈迦くらい生き方に重みのある人しか言ってはいけないものだと思う。

 

普通の人がこの世は美しいなんて軽々しく言うものではない。

 

これは釈迦だけが言って良い言葉。釈迦くらいこの世の闇と光を理解しきった人が言う言葉。

 

本当の世界はどす黒く残酷で汚い、ゲロそのものの世界なのだ。

 

だから人生は絶望しろ。人生は絶望した方が腑に落ちる。あるがままこの世を見つめられているからだ。

 

期待するのではない。絶望しろ。そして行動しろ。そうすれば絶望の景色が変わってくる。

 

 

 

 

ニートや引きこもりは誰にも迷惑をかけてないので安心したらいい

世間ではさ。ニートや引きこもりを社会の常識という名の元、集団でボッコボコに叩いてさ。

「働け!」

「親のすねかじるな!」

「人間のゴミ!」

 

とか心ない言葉を投げかけるんだけどさ。

 

からしたら意味わからないんだよね。この風潮。

昨日ツイッターでこういうツイートを見かけた。

 

 うん。正論しか言ってない。

 

アフリカから強制的に黒人を連行してきて無理やり働かせるのを奴隷というのなら、

「産まれたい!働きたい!」という承諾を得ずに、無理やり子供を産み、子供が一定の年齢になったら、「お前も学校卒業したんだから働け!」とか言っているのは本質的に変わらない。

 

ヨーロッパ人がアフリカ人を連行したように、産まれてない子を産んで働かせるのを強要するのと本質的になにも変わらないんだ。

 

お前らは、善意なのかもしれないけど、やっているものは残虐非道。人間のする行動じゃない。お前らは想像力とか思考力が本当に欠けている。

 

善意の名の元に起きる奴隷生産活動だ。善意だから罪を感じる所かドヤ顔で生きる始末。

 

善意だろうが何だろうがお前らのやっているものは人の人権を踏みにじっている。労働という名の一種の拷問を子供に課して楽しいのだろうか?

 

それであれば、こういうと非難されるだろうが、オウムが引き起こしたサリンを巻いた行為も彼らからすれば善意の名の元行われたわけだ。

 

本質的に変わらない。

 

 

こういう私も昨日ツイッターに思いをまとめておいたから貼っておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

かなりの量の長文をツイッターでしたわけですが、読んでくれた人の気づきやこういう意見もあるんだくらいに思っておいてくれたら幸いです。

 

とにかく、私はこういう暴論が通用するこの世に辟易します。

こういう社会に生きていると正論というのは社会の洗脳、風潮でかき消されるのがとても恐ろしいです。

 

さよなら……

 

 

【ツイッター】ツイッターやって分かったメリットデメリットそれぞれ言う

2週間くらい前かな?

このブログ専用のツイッターアカウントを作った。

twitter.com

一応これ。

フォローしてくれたら嬉しい。フォロバはするよ。

 まぁ、比較的キモイツイートばっかりしてるけど、それでもいいよ!って方はフォローしてくれたら私は幸せになります(=゚ω゚)ノ

 

まぁ、ツイッター2週間やってメリットデメリットを言っていこうと思う。

 

まず、メリット

 

最初に結論から言うと、ツイッターやるメリットはデメリットより圧倒的に多いよ!

 

まず、アプリを取ってこちらから発信せずとも人のツイートを見てるだけでも勉強や気づきが得られるし、人生を変える可能性のあるアプリくらいだと感じてる。

好きな人、勉強になる人、刺激がもらえる人をフォローしておけば、あなたの生き方にも大きな影響を与えてくれると思う。

 

それに、発信、アウトプットするとツイッターをするメリットは大幅に上がる。

 

まず、文章を作る力が養え、語彙力も増えてくるのは間違いない。文章を作る練習にもなるよ。

 

そして、アウトプットするというのは人に教えるというよりも、自分の記憶に非常に役に立つ。

 

メンタリストDaigoは、人に教えるというのが一番の記憶法と言っているとうり発信する意味メリットは人より自分に大きく返ってくる。

 

 

そして、フォロワー数が多くなると、ツイッター経由からのビジネスなども始められるのもメリット。

 

さらに、ツイッターは好みの近いジャンルの人たちと簡単に交流できるので、人とのつながりも増やせるかもしれない。

 

とにかく、人生を変えるのは、その人の行動なんだけど、人や知識に出会って人生を変えるきっかけになる時だってあるからツイッターはやっておいて損はないと思う。

たくさん参考になる知識や思想、経験談などがあって膨大な書物を読んでいる気さえなるよ。

ツイッターは可能性の塊だ。

 

これが、ツイッター始めて感じたメリット。

 

次はデメリット。

 

ツイッターはのめり込んじゃうと時間を忘れるくらい没頭してしまう可能性もある。

最近だと、私の話だけど、年末の大晦日に4時間くらいぶっ通しでツイッターで発信したり議論したり、人のツイートを眺めたりしていた。

 

流石に4時間はやばいけど、それくらいツイッターは楽しいから気を付けないといけない。

やはりする時間の浪費を防ぐ方法として1日30分などというように決めておくのが良いと思う。

 

あと、発信するときに覚悟しておいてほしいのはたまに意味の分からない誹謗中傷のリプが返ってくる時もあるよ。

 

当たり障りのないツイートをしてればそのようなリプはほとんど返ってこないけど、私みたいに少し過激なツイートをするのであればそれは覚悟しておかないといけないよ。

まぁ、私は正論しか言ってる自信しかないから誹謗中傷とか怖くないけどね。誹謗中傷してくる奴は論点がずれてるし、しっかり議論になってないから相手にする意味ないよね。

 

まぁ、デメリットはこんな感じ。ほとんどなかったよ・

 

とにかく、ツイッター初めて1か月も経ってないけど、メリットがたくさんあって初めて良かったと思ってる。

ツイッター楽しい。

ツイッターやろ。